たまごんのブログ

精神的に遊牧民化している人間のブログ.

社会の空気

今回は、前回の記事の補足的内容にもなります。

おもに、社会の空気と地方社会について説明していきます。

 

 

地方の明暗

現地では、郊外の方になると住民の横の結びつきがやや強く、多少相互監視社会の傾向がありました。

けれども、若年層や都会での暮らしを経験している人を中心に、多くの人にとってはライトで緩やかにつながれるくらいのあっさりした関係のほうが気持ちよく暮らせることでしょう。

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敷衍すれば、学校や仕事が休みの平日の日中に公園で気ままにくつろげたり、プライバシーや個人の意向や自主性が尊重されたりする空気があるほうが理想的です。

そうすれば、とくにメリットやコンテンツがなくても結婚したり、しばらく定住したりしやすくなるからです。

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やっぱり、フィールドはこの世界です。

さらに言えば、前述した空気がある地方とそうでない地方とでは、これから明暗が分かれていくことになります。

そうした仕組みについては、賛否両論があるでしょう。

けれども、善かれ悪しかれはともかく、時代の流れには誰しも逆らうことはできません。

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車社会の呪縛

地方の場合、たとえば人口減少問題のために地方のダイレクトな発想による高コストなプランを実施しようとしても、往々にして縮小再生産の方向に傾きます。

日々の営みは思いつきでシンプルにシミレーションすれば、いつもその通りにポジティブな結果が到来することになるでしょうか。

...平たくいっても、そうはならないことは自明ですよね。複雑な業務になるとなおさらそうです。

あまつさえ他方で車社会の地方では依然として確証バイアスが働いたり、少数の思惑を全体の意見にさせやすかったりするというフラジャイルがあります。

これは、車社会の地方のアキレス腱になっているといっても過言ではありません。

少々、分りにくいかもしれないので敷衍します。

とくに、排気量の大きい車に乗っていると超越性を感じ、誰でも小さい車や歩行者に優越感を感じやすくなりますが、そうした精神状態になりやすいとつい一線を越えやすくなります。

他方で、イギリスや欧州などのキリスト教圏(米国以外)の地域では、教育水準の高い人や若者には、その種のコンテクストはナンセンスとみなす共同主観性があるそうです。

日本の場合も、都市部の人や若者を中心にこうした価値観が普及するようになりましたよね。

ただし、車には天候の不安定なところでは貴重な足になっていたり、ファミリーの自由度を広げたりするなど良い面が多いのも事実です。

だから、安全運転で前記したようなことがなければとくに問題はないでしょう。人生の良質な物語が生まれることもありますし。

ちなみに、僕の場合とくに車に反対しているわけではありません。

これは去年の秋から冬の話です。

近所の車屋で、1年以上車検があって数万円で販売されていたダイハツの某軽自動車を見かけ、購入をまじめに検討していました。一応雪国だから冬場は便利なので。

けれども、結局ある程度維持費がかかることから断念しました。

もし、この先結婚し、家庭を持つことがあったら購入を再検討するかもしれません。

 

最後まで生き残るためのヒント

さて、ゴール・オリエンテッドと地方社会のことに話を戻します。

目標に向かい、直線的に最短距離を突き進むゴール・オリエンテッド型の発想は軌道修正がしにくく、ミスを誘発してしまう瑕疵があります。

そのため、地方の場合、何か特別なことをするよりも首都圏などの都市部に共通している合理的な点を参考にし、緩慢に枯れていくことのほうが堅実でしょう。

それから、月並みな言い方ですけど、ダーウィンの進化論を参考にすると生き残るためのヒントが分ります。

というのも、最後まで生き残ることができるのは強い種でも賢い種でもなく、環境の変化に柔軟に適応できる種だからです。

もちろん、このユニバーサルな理論は社会に置き換えてみた場合にも通用します。

それから、地方と都市部の空気の仕組みを比較して考える場合、すこし前に紹介したphaさんの『ひきこもらない』という本もけっこう参考になります。

気が向いた人は読んでみてください。

 


参考書籍

ひきこもらない

ひきこもらない

 

 

参考記事

ydet.hatenablog.com

ydet.hatenablog.com