たまごんのブログ

精神的に遊牧民化している人間のブログ.

高信頼社会の自殺問題

最近、気づいたことがあります。

自殺者が極端に多いところの場合、本来は高信頼社会とされていても部分的に低信頼社会の論理が内在していることが要因になっていると思いました。ハラスメントや人口減少問題の場合も同様です。

社会やコミュニティについて考えるときも、その論理が高信頼型か低信頼型かという判断はとても重要です。

それから、車社会の地方では個人や少数派の問題意識であっても、コミュニティ全体の問題意識にしやすくなります。こうした仕組みは、個人的なミスをカバーするために特定の人を問題視するときにも利用されやすくなると思います。

しかし、個人や少数派の問題意識をコミュニティ全体の問題意識にできた場合、コミュニティ全体のステータスが高くなるのか、と考えると必ずしもそうなるわけではありません。

理由としては、こうした場合、論理構造や論理連関に気を配らず感情論に立脚し、逆にコミュニティ全体のステータスを下げたり、問題が生じたりすることがあるからです。

なぜ、こうしたことが起るのかというと、その活動に熱心になるあまりつい遵法意識が希薄になってしまうからだと思います。こう考えると、たとえばすこし前に創価学会にできた各地の法令を遵守することが含まれた憲法は戦略的にも正しいと思います。

宗教や思想に関係なく、大規模な団体になると問題を起こす人はどうしても少数いますが、最高法規として各地の法令を遵守するようになると、他の人を問題視することで生じる問題が起きにくくなるからです。

このように、基本的なことに忠実であることは画期的なことをするよりも重要で、世界的な思想であるためにも必要なことです。

ちなみに、僕が自発的にしばらくお付き合いさせていただいたことのあるコミュニティは、きちんとしたところばかりでしたが。

 

参考記事

ydet.hatenablog.com

ydet.hatenablog.com