たまごんのブログ

精神的に遊牧民化している人間のブログ.

思想信条

今回は、政治や宗教についてです。

具体的には、個人の思想信条について話します。


ポジション

僕は、基本的に平和主義者でリベラル寄りです。

リベラルというと、なかんづく統制経済社会主義をイメージする人が多いかもしれませんね。

けれども、僕の場合は一貫して自由経済主義で護憲派です。

さらにいうと、天皇制や国防機関を否定しているわけではありません。

ざっくり説明すると、僕は中道左派という諸外国のリベラル層にもっとも多い価値観の持ち主です。

これを国内の政治団体に言い換えてみます。

そうすると、自民党ならハト派に近く、立憲民主党なら右派に近いポジションになります。

事実

さて、僕の宗教はキリスト教です。

したがって、もともと教育を受け所属しているキリスト教の教義が適応されています。

そうはいっても、カルトではなく、キリスト教圏ではメジャーな世界宗教です。 僕は思想信条について話しをするときは、自分の宗教を完全に切り離して考えることはできません。

そういえば、いままでに政治や他の宗教団体とはさまざまなところで幅広くお付き合いがありました。

だからといって、いままでに関わったことのある政治や他の宗教の教義や理念を参考までに学ぶことはできても、完全にしたがうことはもともと教育を受けて所属している宗教団体の関係上、不可能です。

日本国憲法

先方と世間話をする程度の機会があった場合、もともと教育を受けて所属している宗教団体(キリスト教)があることは自分から言うのが筋だと考え、なるべくそうしていました。

そういえば、何回かイベントや平和運動についてコメントや署名を求められたことがあります。そうした書類にサインを求められたときはとくに義務や制約が生じないという前提を確認し、サインしたことはあります。

なお、政治や宗教団体の場合、適応される法律が異なります。

そのため、入会用紙だという前提のない書類であっても個人情報をサインすることによって、熱心に勧誘されたり完全にメンバーであるかのように扱われたりすることは懸念していました。

ところが、『常識的に考えればその前に日本国憲法が適応されているという前提があるから、極端なことは心配しなくても大丈夫ですよ』といった気前のいい説明がありました。要するにもともとの価値観が尊重されたわけです。

たしかに個人の権利を尊重するために日本国憲法を持ち出すことは、総じてリベラル寄りの人が主張していることですが、そう言われてみるとその通りだとも思いました。

コンセンサス

こちらでは前章の流れでコンセンサスに関する話をすこししてみます。

いままでに、いくつかの宗教団体の公式サイトをウォッチしたときに会員規約をさっと読んだことはありました。

けれども、政治団体の場合は選挙時に各政党の公式サイトをウォッチしたとき以外、党則や綱領は意識して通読したことすらないというのが実態です。

それにしても、以前、複数の政党や他の宗教団体への加入をソフトに依頼されたことはありますが、さすがに政党の党員や他の宗教団体の信徒になることはお断りしました。

したがって、僕のことを政党の党員やキリスト教以外の宗教の信徒なのではないか、と懸念されている方はご安心ください。

平たくいうと、僕はそうした立場になったことすらありません。

本音

もっとも、さきにも説明したように一般人もたくさん参加している政治や宗教団体の行事に行ったことはありました。

その際、口頭や文書でコメントを求められればいいと思ったところには好意的なコメントをすることもありました。

けれども、よく考えてみるとそうした団体の活動は自分が本心からやりたいこととは違っていました。

思い起こせば、前述した政治や宗教団体の人間だという前提の先方と直に話をしたのは平均で7~8回。

多い人でも10数回程度です。

付記すると、いままでに政治や他の宗教団体のことはとくに自分の上にも下にも置いたことはありません。

というわけで、僕の場合はリアルとネットともに、政治や他の宗教団体のもとに置かれたことはありませんが、そうしたポジションはこれから先も同様です。

勧誘トラブル

これは余談です。

人づてに聞くとカルトやテロ組織などの反社会的な団体の場合、強引な勧誘トラブルが多いとのことです。

ちなみに、そのようなところに勧誘目的でコンタクトされたときは、間違いないようにその様子をメモなどの方法で記録しておいたほうがいいです。記録情報の紛失が心配ならGoogleドライブなどのクラウドにキープしておくのもいいです。

なぜならば、いうまでもなく反社会的な団体の構成員の場合、契約しているネット回線のアクセスログがときどきチェックされている可能性があるからです。

つまり、そうした団体に関係していることにされているなら、何かの拍子にクラウドにキープしている勧誘目的でコンタクトされたときの情報を調べられれば事実が確認されることになります。

はたして、そうなればその情報にしたがって斟酌されることでしょう。

巡り合わせ

そういえば、政治や宗教団体の場合、ほとんど関知していなかったのに成果が出た途端、自分が中心になって影響を及ぼしたように主張する不思議な人もいます。

他方で、関係者の聖域や自主性を尊重しながら自己実現を促進させる人もいます。そうやって社会をささえているきちんとした人もおられ玉石混交としています。

なかんづく、あっさりして礼儀正しいスタイルが好まれる社会情勢からしても、関係者の価値観や人権を尊重することは社会的影響力を高めたり維持したりするためには必要です。

思い起こせば、過去に関係していた政治団体や宗教団体の場合、相手の価値観に配慮した人ばかりでした。

だから、僕の言動はサタンや仏敵や反党活動の対象になりません。

実のところ、もともと無宗教や無思想だったら加入する可能性はあったかもしれない、と一時的に思ったところもありました。

したがって、これはもう巡り合わせということになります。


参考サイト:モンテスキュー『宗教を愛し、守っていくには、それを守らぬ者を憎んだり迫害したりする必要はない。』 | IQ.


参考記事
ydet.hatenablog.com