精神的遊牧民

精神的に遊牧民化している人間の個人ブログ。柔軟で型破りな言論が特徴です。

時間と言葉

今回は自殺のサイトに関する内容です。

最近、自殺のサイトに出入りするようになった時期のことを思い出す機会がありました。 自殺のサイトに出入りするようになってからしばらくの間、僕は対エントロピーの高い典型的なギークのひとりでした。

こういうことを主張することには、以前ほど意味を感じなくなりましたが、過ぎ去った日々の私事を語るというのは気恥ずかしいものですね。当時の僕は、いまよりも国家や社会への所属意識が薄く、日本海側のある地方の大学をしばらく休学していました。

勤労学生でしたから、学業の傍らさまざまな業種の契約社員として労働したり、余暇はカルドセプト女神転生などのマニア向けのゲームをプレイしたり、岡崎京子さんや山本英夫さんの漫画を読んだり、ドアーズやピンクフロイドを聴いたり、口笛を吹きながら海辺を散歩したりしていました。


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しばらくしてから、青木ヶ原の原生林の中や自殺名所を彷徨い歩くようにもなりました。ちなみに青木ヶ原樹海の画像は4年くらい前のものだったはずです。それから本段落の上下3枚の画像は、下にスクロールするほど被写体にピントを寄せていくシンプルな構成になっています。


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それにしても、時間というものはあらゆるものを沈殿させ、堆積させていきますがなぜでしょうか。

人生のある時期に、そういうことを深く考えることは誰にでもあるでしょう。あなたにもあったでしょうし、僕にもありました。僕にも青木ヶ原樹海の中でそういうことを考えていた時期がありました。

生き物もそうですけど、仕組みや価値観や記憶や言葉も新しいものが昇ってくれば古いものは底のほうへと沈殿していきます。そして堆積していったものは現世から遠ざかり、暗闇の奥深くに降りて行き、その代わりに新たなものが昇ってくる。

新陳代謝のサイクルは自然の摂理ですが、僕は樹海の中で木立や緩やかな風に揺れている草花を眺めながら、そういうことを考えていた時期がありました。
 
それから、青木ヶ原樹海では人間の死体や分解される前の遺骨を見掛けたことはありませんが、人知れず、謙虚に散っていったひとたちの遺品と思われる衣服や靴が散乱しているのをときどき見掛けたことがあります。


しかし、歴史に記憶されることがなかったり社会的に影響力がなかったりしても、低学歴だったりハンディがあったりしても、陽のあたらない路地裏をひっそりと歩くような生き方をしたりしても、他者の基本的な権利を尊重できる知性と感受性が具わった人間の心やいのちはどうしようもないほど尊いと思いました。

定住民である現在の僕は、死者の遺品と思われる物や青木ヶ原樹海の画像を眺めると、遺品を身に付けていたひとのかけがえのない日常を追憶し、眩暈を催すことがあります。場所や物にも、心やいのちが宿るということがあるのでしょうか。

青木ヶ原樹海では、人間の死体も獣に損なわれることで分解され、かつては人体だったものも乱雑に散らばっています。そして地面には、筆舌に尽くし難い時間を経て積み重なった、生き物の死骸を含む集積物や草花で隈なく埋め尽くされています。

青木ヶ原樹海の画像を撮影したときは、雨脚が弱まってマリアージュな木漏れ日が降り注ぎ、樹木の葉の匂いがたちこめていました。樹海の地下には、深い眠りの中へと降りていった数え切れないほどの死者の霊魂が横たわっていますが、辺りには沈黙の粒子が渦巻いていました。


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僕の場合は、青木ヶ原樹海に行ったときに自殺を企図する意図はありませんでした。本格的な自殺未遂はしばらくしていませんし、当分自殺するつもりはありません。

最近は、とりあえず2022年まで生きる予定でいます。ちなみに樹海の原生林の中では、そのときの気分でビールを飲んだり、シャドーボクシングのようなこともしていました。

また、僕は自殺のサイトに出入りするようになってからひとのいのちが救われたり、喪われていったりするのを凝視しながら、しばらく諸行無常もののあわれについても考えたりしていました。


Ghettoは、今年で15年目になりますが、一度リニューアルしていて旧サイト名は『自殺サークル(suiside sircle)』で旧管理人名は『天照(amaterasu)』でした。Ghettoが産声をあげたのは2003年の10月8日です。
 
このサイトが産声をあげた当時の界隈は、まだ黎明期の気配の残る発展期で参入障壁が低く、雨後の筍のように沢山のサイトが登場しましたが、そのほとんどは3年以内に閉鎖され、予告なく更新を停止したところもありました。

 
というのも、自殺のサイトのユーザーの自殺率が高いことはときどき話題になりますが、ネット上の数あるカテゴリのサイトの中でも自殺のサイトの管理人の自殺率が一番高いことも関係しているのでしょう。といっても客観的に考えると、かなり特殊だと考えられている可能性のある自分のような人間もいるのだけれど...。

Ghettoをオーガナイズし、界隈にプレイヤーのひとりとして参入するようになってから長い時間が流れましたが、稀に心の中にあるノートを読み返す機会があると、さまざまな価値観やポジションのひととの出会いがあったことを思い出すことがあります。

その中には、弱いひともいましたし、強いひともいました。愚かなひともいましたし、賢いひともいました。地元や狭い社会のことしか知らないひともいましたし、さまざまなひとや社会を知っているひともいました。思い込みの激しいひともいましたし、寛容なひともいました。途轍もないひともいましたし、規格外だと直観させられたひともいました。


さまざまな出会いを経験したことで、希望を持つきっかけにもなりました。定期的にお付き合いさせていただいたコミュニティやひとは頼りになり多くのことを勉強させていただきましたので本心から感謝しています。

とはいえ、いままでずっと良いことばかりあったというわけではありません。ときには心の芯がえぐられるような困難や修羅場に遭遇したこともありましたが、おかげで問題を受け流したり乗り越えたりして生き抜く為に必要な知恵と知識と技術が具わりました。

現在の僕は、30代でまだ結婚歴はなく子供はいませんが、困難や修羅場に遭遇したときに問題を受け流したり乗り越えたりして生き抜く為の知恵と知識と技術が、この界隈にも循環されていけば良いかな、と思っています。

僕は、自分の鋳型に他のひとを容れたり、自論や価値観を押し付けたり、必要以上にプレゼンスを示すつもりはありません。しかし自分がドクターキリコ事件に関心を寄せ、関連書籍や安楽死狂会のログなどをサイト作成の参考にしていったように、これからも多少の思想や精神面もこの界隈に循環されていけば良いかな、と思っています。

そういえば、いままでにもGhettoの常連だった堕天使(ハンドルネーム)さんがこちらのサイトに影響され、自殺のサイトを作って数年間運営されたり、同じく常連だったりのさんがメンタルヘルスサイトを作って短期間運営されたりしていたこともありましたね。


ところで、人文系の教養のある仙台出身のイカした漫画家が、出会いを重力や運命だと言っていましたが、運命はあらかじめ定まっているものだとも言っていました。

また、運命は偶然ではなく、何かしら理由があるという説もありますので、Ghettoを利用されたひとは多少のご縁を意識してくださると嬉しく思います。

それから、抱えられている問題が緩和されること以外にも、ご縁をきっかけに視野を広げられ、ご自身のやりたいことを見つけられたり、意外な長所や能力に気付かれたりして人生の次の道に繋げられるひとが増えることも願っています。

そういった意味で、スリーパーを起こし、ポテンシャルを上げていくきっかけになれば幸いです。デンマークの哲学者キルケゴールも言っていますが、死に至る病とは絶望のことです。

しかし、ひとは他人からすればささやかであっても、パンと水と希望があれば生きていくことができます。ですから現在自殺をお考えのひとも、自殺のサイトをときどき利用されているひともご自身と希望を大切になさってください。

Ghettoを作ってから長い時間が流れました。


参考記事
ydet.hatenablog.com

参考サイト
www.cotodama.org

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