精神的遊牧民

精神的に遊牧民化している人間の個人ブログ。柔軟で型破りな言論が特徴です。

きりひと讃歌

きりひと讃歌』とは

今回は、最近読んでいた手塚治虫の漫画『きりひと讃歌』の紹介です。

本作の舞台になった病院のモデルは、『白い巨塔』のモデルにもなった大阪大学医学部で、こちらは手塚治虫の母校でもあります。一応、医療漫画なので本作でも日本医師会の奇妙な仕組みについて学習することもできます。

主人公は、モンモウ病という骨格の変形する奇病の原因を調べていた内科医の小山内桐人です。感受性が豊かで、多くの言葉を知っている小山内が、多少問題のある行動を取りながらも苦悩や壁を乗り越えていく姿が印象的でした。

彼は、大学の医学部でモンモウ病の患者を担当していましたが、この病気が川の水や土によるものだという説を唱えていて、ある日、モンモウ病が多発していた犬神沢村へ調査へ行くことになります。

しかし、小山内を陥れる計略が進められていることを犬神沢村へ調査へ行く前の彼が知る由もない。
 
犬神沢村では、昭和の途中まで存在していたと考えられる外部の情報が届き難い村社会のシステムが見受けられます。


村の中では、村長の男が小山内に御馳走を供すと告げますが、その御馳走とは人間関係が濃厚な共同体のイニシェーションのメタファーで、実際に供されたのはたづという村娘でした。

最初は戸惑う小山内でしたが、次第にたづと深い関係になっていきます。しかしある日、彼女はごろつきに殺められてしまい、現代であっても世間の注目を浴びて騒ぎになりそうな事件が頻発します。


本作の位置付けと読み方

本作は、『アドルフに告ぐ』や『奇子』や『MW(ムウ)』と並ぶ大人向けの手塚作品に分類できます。こういう作品は子供のときにさっと目を通したことがあっても、日常的に読書するようになったり一般常識が理解できる大人になったりしてから読むと、面白さが分かると思います。

作中では、モンモウ病を罹患した白人の修道尼ヘレンの祈りの描写などを中心に、キリスト教の影響を受けていると推察できる場面が見受けられます。

しかし、そのヘレンも非力な女性に対し、時折異常な感情を示す情緒不安定な小山内の同僚だった占部に襲われてしまいます。

ちなみに、竜ヶ浦や占部は他のひとの基本的な権利を侵害し、この職業の人間にあるまじきことをしています。

しかし、小山内は数奇な運命に翻弄されながらも困難を乗り越え、自論が正しいことの証拠を掴み、徐々に真実に光があてられていくことになります。

間違った人間の苦悩も、リアルに描写されていることも印象的でした。複数の視点から分析したり、突き詰めて考えてみたりすると、彼らのことをただの悪意の持ち主と雑に決め付けたりすることは難しいとも思いました。

筆者は、子供の頃に『BLACKJACK』や『リボンの騎士』や『火の鳥』などを読んでいましたが、本作の読後はあらためて手塚治虫の漫画から教わった人生訓や処世術というものは、概ね正しいとも思いました。

手塚作品は、本作からコマ割が細やかになり、登場人物の心理描写が繊細になっていきます。これは当時の手塚治虫が低迷期だったことで、作品の細部に深みが宿ったのではないでしょうか。


参考作品