精神的遊牧民

北海道の海辺に輝く朝焼けのように清らかなブログ

Happy Easter 2

松本さんの事件は、前市長のときに、旧態依然としていた行政の改革を首長として断行したことがきっかけで、そのことを快く思わなかった改革反対派によって仕組まれた冤罪事件だったそうです。

こういう話は、昔の地方に多かったですよね。最近はコンプライアンスへの意識が高まったりして、人権侵害を始めとした不祥事は騒ぎになり易くなっていることもあってだいぶ減ってきましたけど。

どうもこういう話を見聞きすると、僕は元外務省主任分析官の佐藤優ペンネーム)さんや厚生労働省事務次官をされていた村木厚子さんの事件を思い出します。こちらのお二人は常人であればまず不可能なところから這い上がり、行政のミスを指摘し、次々と不利な状況を覆して、現在佐藤さんは作家として村木さんは企業の社外取締役としてご活躍されています。

お二人とも、思慮深く理性的なタイプで、特に佐藤さんは基礎教育がキリスト教神学だったことも関係していたのでしょう。感情的なタイプだったら結果は異なっていた可能性はありましたけど、絶対的な価値観を持つ者は困難を克服出来るという証左になっています。

このような場合、普通の官僚だったら自動販売機とかにされるのが関の山でしょうし、人権侵害や行政の手続きに問題があった際も官邸内にある内閣人事局等を活用するという発想や心得がないことが多いでしょうし。

佐藤さんの場合は、様々な諜報機関から経験と専門技術を見込まれてスカウトが来たそうですけど、愛国心からすべて断って、作家業に邁進されているそうです。

日本に怒りを感じても、仕方のないような立場に追い込まれ、高額の報酬を条件に身売りする選択もあったのにその一貫した姿勢は尊敬に値します。

話を本題に戻します。ささきさんは、日本では不祥事を起こしたり、一度失敗者としてレッテルを貼られたら、ミスを覆すことはまだ難しいこともあって、多くの人は周囲の視線を恐れて相互監視社会の中で目立たない選択を選んでいるといったことを指摘されています。

しかし、それでは力強く生きる力が失われていきます。活力のない組織は堕落し、希望を失った社会は凋落していく。そしてビジョンのない国家や民族は滅んでいくということもです。

また、ささきさんは、神を信じる者は、権力や周囲を気にして、神の御心を行うことをためらってはならない。キリストの証人として、いつでもどこでも証しをし、愛をもって全を行う勇気を持たなければならない。世の光として輝き、地の塩として役に立たなければならないとも仰られています。

結局、市長に返り咲いた松本さんは、日本一住みたくなる町作りに邁進し、市民の圧倒的な支持を得て『奇跡の市長』とも呼ばれるようになりました。2015年の9月には天に召されましたが、多くの市民から愛されていたそうです。

今回は、シンプルに抜粋しようかと思っていたのですけど、タイプしているうちにあれこれ紹介したくなり、長くなりましたね(書いていたらまとまりがなくなってきましたので二分割にしてみました)。

ちなみに、僕などは受洗していませんし、真面目なキリスト教関係者でもないですし、他の人から考えたら些細なことで凹むこともありますし、立派な人間ではありません。

憔悴したときに、聖書を開くことが多いその他大勢の一人ですけど、今回の文章を読まれて聖書に興味をもってくれた人が増えてくれたら嬉しいです。通読したことのある人も改めて興味を示してくれたら嬉しいです。

Happy Easter!

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