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精神的遊牧民

北海道の海辺に輝く朝焼けのように清らかなブログ

ノブレス・オブリージュの精神

欧米社会とノブレス・オブリージュ

ノブレス・オブリージュは、貴族や王族といった上流階級や特権階級の者が平民に施しをしたり、寛容さを示す精神のことです。

ノブレス・オブリージュは、欧米社会では立場の安定している者が自分よりも立場の不安定な者に、年長者が年少者に、高所得者が低所得者に対して寛容に接する態度と言い換えることが出来ます。また、身分の高い者であっても問題を抱えた個人に対しては寛容になる精神であるとも言い換えることも出来ます。

例えば、有名な話ですけど、以前米国のビル・クリントンが大統領時代にホワイトハウスの研修生であるモニカ・ルインスキーと不倫スキャンダルを起こし、日本でも話題になりましたよね。他人の権利を脅かさず誰にも迷惑を掛けない不祥事をやらかしたときの話です。

しかし、政府の高官や議員達が続々と彼のもとに集まり『我々の友人でもある彼は大統領としては深刻なミスをしました。しかし、人間は誰でも間違いを犯すものです。これからも彼が米国の良きリーダーであることを祈りましょう』という声明を出したことがありましたけど、僕は感銘を受けました。

日本の総理大臣だったら、糾弾されて辞任しなければならなくなるような不祥事ですけど、こうした寛容な対応と結束力にはあの国の底力を見せ付けられましたよね。

こういった風土は、欧米のとりわけアングロサクソンの国の戦闘力が高く、争いになりそうになると他国から敬遠される要因になっています。彼らは警戒心とコミュニケーション能力と交渉能力が高く、ロジカルで知力や行動力が桁外れで肝心な時は信じられないくらい喧嘩が強いです。

これは、彼らが戦略を持って行動し、生き延びる為のインテリジェンスが高いことにも関係しています。キリスト教圏で狩猟民族で読みが深いことや食生活や生活習慣も関係しているのでしょうけど、旧来の日本と同じように全体主義で権謀術数に長けている韓国や中国も警戒したり萎縮して太刀打ち出来ないことには矢張り理由があります。

一方、平均的な日本人の場合はインテレクチャル(生き延びる知識)はあるけれど、インテリジェンス(生き延びる能力)は低いです。

こういったことは、天候の不安定な北欧を除くアングロサクソンの国で自殺率が低く、日本で自殺率が高いことにも関係しています。

というのが僕の仮説ですけど、僕はこちらで指摘してきた日本の問題点にもノブレス・オブリージュの精神があれば解決の糸口になるのではないかと考えています。


日本社会とノブレス・オブリージュ

ノブレス・オブリージュという概念と言葉は近年の日本でも注目されてきましたが、もう少し考えてみましょう。

この話は、米国でジャーナリストをされている日系米国人の先輩から聞いた話が参考になっていますけど、欧米(特に欧州)では、日本のように企業の社員が不祥事を起こした場合でも集団に個人が非難されることは少ないですし、仕事が上手くいかない場合はさっさと転職を考えますよね。

欧米社会では、不祥事を起こした集団や企業がバッシングされることはあっても、個人の場合は多少のことであれば許容されたり、事情が考慮されることが多く、個人に対しては寛容です。

欧米社会では、個人を非難することによって、正義が成立するということは少ないですし、基本的に最大の恥としています。

この辺りは、旧来の日本社会とは正反対ですけど、欧米社会と旧来の日本社会では、マイケル・サンデルが提唱していた“善の性質”が異なっていたことも関係しているのでしょう。

旧来の日本や韓国では、問題を起こした企業が記者会見を行い、当事者や監督者がマスコミの集団に取り囲まれて糾弾され、土下座をすること=社会正義であるといった見方がありました。

以前の日本では、高校や義務教育課程の学校でさえ、運動部の部員である生徒が喫煙などの被害者のいない問題を起こした場合、その部は次の大会に出場させないようにするといった摩訶不思議な事例が多かったですよね。

これは、運動部の練習で個人がエラーをした際、集団で走らされることや腕立て伏せを強要されるといったことも仕組みとしては同様です。

このようなことがあると、問題を起こした生徒は集団から非難されるようになる訳です。日本では他国にはない学級会なるただクラスが同じという理由で、大して意味のないことまで長々と話し合わなければならない特殊な習慣がありましたけど、そのような場で吊るし上げにされるのは火を見るよりも明らかでした。

そういった間違いがあると、結局、多少でも問題を起こしたり、協調性のない個人は集団の同調圧力によって責め苦を受けたり、まったく関係のない問題の原因であるかのように考えられたり、村八分になったりして生き難さを感じるようになる訳です。

このような仕組みは、精神疾患や自殺といった日本で最も深刻とされている社会問題の要因になっています。また、このような仕組みは旧来の日本を含む儒教圏の国特有のものですけど、儒教圏の国で自殺者が多いことの要因にもなっています。

こちらで、僕が、度々生き難さを感じている方を中心に、理不尽なことを押し付けられそうになるコミュニティからは抜けても良いということや、関わっているコミュニティは複数にした方が良いと助言しているのは旧来の日本社会の特殊な事情がまだ背景にある為です。


参考書籍
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