精神的遊牧民

北海道の海辺に輝く朝焼けのように清らかなブログ

ある町の記憶

ある町の話
唐突ですけど、昔、一時的に身を寄せていた太平洋側のある町が好きになりました。

しばらくは、現在住んでいる日本海側の港町に居る予定ですけど、最近は前述した町のことばかり考えています。

その町のことは、しばらく意識していなかったのですけど、滞在していた建物の管理人をやっていた女の子との何気ない会話や、安い屋台を食べ歩いたり、公園を散歩していた時のことなどを思い出すことが増えました。

場所柄、韓国人や朝鮮人や中国人や欧米人が多く、あたかも僕の方が異言を語る異邦人になったかのような気分になることがありました。

一応関西圏で、近年は都市開発が進み、観光客の誘致に大成功していることで注目されはじめています。

慣れてくると住民達の言葉のイントネーションが音楽的に感じられ、親しみを感じるようにもなりました。

一般的な京都弁などは、リズミカルで上品なイントネーションです。京都弁などは活字にすると内容がキツく感じられる場合が多いですけど、そういった問題はありません。聴き慣れると自然と親しみを感じるようになりました。

その町の住民の気質は、親切であっさりしていて、そういうところにも好感を感じました。

降水量が少ないこと、日照時間が長いこと、湿度が低くて天候が安定していることにもです。

あまつさえ、都市部なのに物価が安く、公共交通機関が充実していてご飯もけっこう美味しかったです。

だから、観光客や移住希望者が多いです。特に最近はそうです。


稀有な多文化主義の成立
韓国人や朝鮮人や中国人が多いというと、近年の世論が右傾化していたからか、ネガティブなことを連想する場合が多いですよね。

先住民を押しのけて仕事を強奪しているとか、特殊な価値観や人脈を濫用して先住民から怖がられているとか、偏向した情報や妄想を信じ込み価値観の異なる相手の話を聴かないとか、正論を言うよりも大声で恫喝することが正しいと思い込んでいるといった乱暴な指摘がです。

その町でも、アジア系の外国人の住民とも世間話をする機会はありました。ですが、前述したことは特にありませんでした。

自分と価値観の違う意見について合理的に説明すれば完全に納得はしなくても、世の中の意見の一つ程度には聴いてくれる場合が多くて変な外国人は居ませんでした。

稀有なことですけど、先住民と余所者の多文化主義が成立している魅力的な風土も観光客や移住希望者が多い要因になっています。

僕自身が、どちらかといえばリベラル寄りで、左翼系メディアから寄稿依頼がたまにくることがあるといったことを差し引いても、体験を通してそう感じました。


自転車に優しい町
この界隈では、駅付近や町中に自転車を駐輪してもトラブルに成り難いです。
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自転車は、環境に優しい乗り物なのに首都圏(特に都内)では、買い物ついでに路肩に短時間駐輪するくらいでも撤去され易くなってきていると以前聴いたことがあります。

ひどい話だと思うけれど、このような傾向や自転車への法規制は全国的にキツくなってきていて、行政の在り方を考えさせられます。

日本の物価は、先進国の中で最高水準ですけど、賃金は最低水準ですし。

要は、自転車で済む用事であっても、公共交通機関を利用させたかったり、アメリカの倍の価格で売られているガソリンや自動車産業にお金を払えということなのでしょうか・・・・。


夕方、雨上がりの公園を散歩
こちらは、郊外の方にある公園ですけど、夕方に散歩していました。

ちなみに、僕は自然の中を散歩して思索に耽ったり、そういった時のことを考えていると一般的な不安の類は緩和されてどうでもよくなってきます。

結局、僕の悩み事など自然のサイクルの中では取るに足りませんし、つまらないですから。

この時は、雨上がりでさびれていましたけど、通り雨がさっと降ったくらいでしたから、サンダルで散歩することが出来ましたよ。

当時は、そんなに意識していなかったのに、今ではその時の記憶が輝いています。
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