精神的遊牧民

北海道の海辺に輝く朝焼けのように清らかなブログ

雪の記憶と遺伝子

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今回のテキストを書いている2015年2月2日の早朝の日本海側のとある港町では10cm前後の積雪があり、湿気のある雪が風に舞っています。

雪というと北海道や東北を連想される方が多いと思いますけど、皆さんは自分の中に流れる血や遺伝子を意識されたことはありますか?

以前こちらで自分の中に北方の血が流れていると書いた記憶があります。一般的に北方というと保守的な東北の農村部を連想される方が多いかもしれませんけれど、北海道から本州最北部にかけて多い遺伝子で祖先には漁師等が多かったと子供の頃に聴いています。

僕は漁業等を糧にしてきた縄文人型の遺伝子を半分受け継いでいることになりますし、明らかにそちらの気質は濃いという実感があります。ですから子供の頃からマイペースで、リベラルな傾向というかフロンティアスピリットがあったのは必然なのでしょう。

でも生まれ育ったのは保守的地方の郊外です。当時は反知性主義というか村社会的な因習が目立っていましたから、周囲の人達とは気質的に合わないことが多かったです。家庭環境が複雑で、小学校の途中まで北海道から本州の最北部に多いおおらかな教育方針だったということも関係していたという実感があります。

せめてそちらの遺伝子が数パーセントしか入っていなければもう少し周囲に同化出来たかもしれませんけど、教育・遺伝子とも周囲の人間達とはだいぶ違っていたことは大きいです。

北海道から本州の最北部に見受けられる基本的に素直でマイペースな気質や不干渉主義は、先進諸国では一般的ではあるけれど、保守的地方の一昔前の一般的共同体からは残念ながら嫌われる傾向があります。

僕がこう考えるのは人生の一時期ですけど、外国人達(韓国・朝鮮・中国・イギリス・北欧人が多かったです)と同じ建物で生活していた経験にも裏打ちされています。

今回の画像はけっこう前に自分のルーツがある地方のモールで撮影したものです。確かこの時の気温は氷点下5℃で体感温度は氷点下10度近く、とても寒い夜でした。

モールの隙間や通路からも吹雪いてきて時折ホワイトアウトしていましたが、この時のことを思い出すと無性に秋味のおにぎり(好物の一つ)が食べたくなってきます。

この辺りは自殺率がやや高いものの、地元民と話をしていると皆さん親切でマイペースでした。老若男女問わず幸福度がかなり高そうなことも印象的でした。

湿度の低い雪国として知られているところなのですけど、血が騒ぐというかざわざわしてきて、錯覚ではなく本来自分が居るべき場所に帰ってきたという実感が湧いてきました。着いてからというものずっとそうでした。

ちなみにこの画像をセットしている最中、趣向や気質というものは後天的な要素である環境よりも、先天的な要素である遺伝子に基づいていることが多いことを考えさせられています。このロジックはソフトとハードの関係全般に応用することが出来ます。

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