精神的遊牧民

北海道の海辺に輝く朝焼けのように清らかなブログ

朝日バッシング

今回は、相変わらず続いている朝日バッシングについてです。皆さんは朝日新聞従軍慰安婦の誤報問題をどう思われますか。

個人的には、人間は間違いを犯すものであり、謝罪広告を掲載したり反省している様子ならもう非難するべきではないと考えています。

僕は、どこのメディアでもミスは起こり得ると考えているので、執拗に糾弾したり不買運動が展開されるというのは、弱い者が袋叩きにされているような印象を受けてとても悲しい気分になりました。

一般的に朝日系のメディアは、左翼とリベラル傾向があることで知られていますが、ネット上を中心に反日=悪といった構図を用いられて糾弾されていますね。

しかし、反日親日というものは日本の文化的なものに対するスタイルであることが多く、主張者の人間性の善し悪しには何の関係もないことです。

こういうことを言うと、反日が正しく親日が間違っていると言いたいのか、といった解釈をされる可能性がありますが、そうではありません。

僕が指摘しているのは、反日は間違っていて親日は正しいといったロジックは、反日が悪人で親日が善人であるかのような誤った認識に繋がりかねず、本来はただのスタイルに過ぎないことが、いつの間にか正しさや間違いや善悪の問題に摩り替えられているという点です。

他の先進国では、左翼やリベラルであったり、右翼や保守であったりするメディアのスタイルは個性として認められており、特定のスタイルに対し、執念深く寄ってたかって糾弾するということは不寛容で常軌を逸しています。

僕自身は、朝日系のメディアの主義主張の殆どに賛同する訳ではないですけど、他国には記者クラブのような珍妙でいかがわしい制度はありませんし、メディアというものは権力の監視装置として機能するべきものです。

しかし、メディアが政府に対してではなく、政府がメディアに対して監視している露骨な構図が成立するこの騒動には疑問を感じずにはいられませんでした。

バッシングが長期化したことで、朝日系の企業に親族が勤めている方の中には、地域社会で肩身の狭い思いをしている方もいらっしゃるという問題もあります。

メディアが政府にある程度批判的であることは寧ろ当たり前のことで、正しい間違っている善い悪いと断言しきれない事象については、個人的な感情や思想や利害等に関係なく、立場の弱い者やマイノリティの側に付くことがメディア本来の役割です。

僕自身は、世界的に超一流とされているメディアで活躍している年長のジャーナリストの知人達からそのように教わった経験があります。

日本では左翼とリベラル寄りの少数のメディアにしか見受けられない傾向ですけど、今回はそういった観点でバッシングを先導している政府と朝日系企業を比較した結果、矢張り立場が圧倒的に強いのは政府の側であり、執拗にバッシングを扇動していたことから問題点に言及してみました。

この騒動は他の先進国で問題視されていますし、Newsweek等の世界的に一流とされているメディアの日本版でも殆ど扱われていないことから特異さが確認出来ますが、後世では日本の代表的な言論弾圧として扱われることでしょう。
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