精神的遊牧民

北海道の海辺に輝く朝焼けのように清らかなブログ

言わなくても解るだろ?

誰でも経験があると思いますけど、友人や知人のブログやSNS等を読んでいると、固有名詞が出されていなくても明らかに自分個人について書いたと考えられる文章(ただそう思っているだけのこともあるかもしれないですけど)を見掛けたことはあるのではないでしょうか。

 

僕自身も、自分に向けた非難や悪口と思われる文章を読む機会が時々ありますけど、基本的に短所や欠点を短文で指摘されるくらいであればほとんど気になりません。元々僕自身は、嫉妬心や執着心は低かったですけど、発言の一部分のみを拡大解釈していてはきりがないという考えがあるからです。

 

でも長々とあれこれ言われているように感じられる時は気にはなることがありますね。ほとんどの場合、こちらで指摘した内容の発言をした人物も意識的にその発言をしていたという自覚がある為、そのことを周囲にも認めていることが多かったりしますけど。特に嫌なのは、そこまで言われる憶えがない場合ですね。

 

そういったことがあると、一時的に何故か自分でもよく解らない行動を取っていることがあって、しかもこういう相手に、一番出さない方がいいと思われる内容のメールを宛先を間違えて出していたりして、細部の記憶が多少抜けていることがあったりします。

 

直後は、本来1時間で済む作業に半日とか一日掛かるようになってしまうこともありますが、別のいくつかのトラブルが重なっている場合に多いです。

 

このくらいのことは誰でも多少経験があると思いますし、自分はこういった場合でも一日あれば、直接的理由はほとんど気にならなくなって元に戻ります。

 

でも元に戻るまで一応何もなかったように装っていても一時的についムスッとした態度を取っていることはありますね。個人的過ぎる話を詳しく外部に話したりはしないので、限られた関係者だけは何で一時的でもムスッとしているのか、おおよその察しはついているかもしれないですけど、たまに心配されて確認されることがあります。

 

こういう時はですね、例え話ですけど特に相手が若い女の子とか所謂いい女だったりすると、小心者だという自覚があったとしてもやっぱりショボいと思われたくないから『いやあ、ちょっとネタとか気分転換でいい加減な言動を取っていて・・・・』といったいい加減だったり投げ遣りな論調で釈明することがあります。

 

但し、もしネタとかって形容することがあったとしても、面白おかしく事象を説明するとかそういう意味のものではなく、どちらかというと一時的に嫌だなあと思った時、敢えてそのことに関することをシンプルにさっさと吐き出すことで、気分を緩和させる意味のものに近いですね。

 

さて、やっと、今回の記事のタイトルの説明になります。日本社会では年齢が上がるにつれて徐々にその会話の前後のフレーズや動作等から、意図や本心は『こまかいことまでは言わなくても解るだろ? な?』みたいなコミュニケーション(空気以外に阿吽の呼吸等と呼ばれているあれです)が増えてくるかと思います。

 

こういった説明文だと、若い方にはなかなか意味が理解出来ないかもしれません。後、直情型や相手の発言をそのまま真に受けるタイプの方がそうですが、直情型や相手の発言をそのまま真に受けるタイプがいけないとか非難している訳ではないです。深読みするタイプと比較した場合、レスポンスが早かったり、良い点もありますし。

 

ただ、そのように自分と相手との気質の差異を把握していない場合は、コミュニケーションに支障が出る可能性はありますね。現実やネットの世界に関わらずに。要は、そういう話です。

 

ちなみに自分自身もそそっかしいところがあってそんなに空気は読めないですし、相手が何を言いたいのか解らなかったりしてちょっとしたトラブルになることがたまにあったりします。おまけにそういったことを後で思い出し、申し訳なくて勝手にひっくり返りそうになっていることもあるくらいです。

 

でもですね、長々とこういうことを直接説明する気にはならないです。そういったことは、個人的にダンディズムや美意識に反すると思いますし、相手が年下の場合は、ちょっとかっこいいお兄さんやおじさんくらいに考られているかもしれないですし。

 

えっ? 本当に自分のことをいい男だと思っているかって? そういうことはですね・・・・今回の記事のタイトルをお読みくださーい!