精神的遊牧民

北海道の海辺に輝く朝焼けのように清らかなブログ

夜回り2

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目的の公園に着くと、何故か正面入り口付近に人が集まって辺りをジロジロしているように見えたので『げっ、最近ネットとかで話題になっている集団ストーカーとかじゃないよなあ』なんて思ったりもしましたが、そんな筈はあるわけなくいつもの考え過ぎに因る取り越し苦労で、付近に偶然集まっていた人達は近場に用事のある一般人でした。

園内を散策していると、池付近の体感温度が低いことに気付き、池から離れた大通りを中心に夜回りすることにしました。ちなみに風は殆ど吹いてなくて、気温は5度ぐらいしかなかったにも関わらず高齢の野宿者が多くて驚きました。

殆どの方は、トイレや売店等の建物の屋根の下に寝具を敷いて寝込んだり、じっとしながら物思いに耽っている様子でした。でも公園の住民達がそんなに不幸せには思えなかったのは、この少し前に『森の生活』や『市民の反抗』等の著者で、ガンジーキング牧師平和運動に影響を与えたことで知られる作家ヘンリー・ディヴィッド・ソローの作品をシンプルに集約した『孤独の愉しみ方』という本を読み返していたことも影響していたのかもしれません。ソローは、ナチュラリストと思想家でもあり、手透きの時間の大半を執筆や読書や動植物の観察等の精神的活動というか、自分なりの仕事にあてていましたが、ソローの本は現代社会とコミュニティについて考える時の参考書になりました。

最近は、日本でも近代的な自由という概念に影響を与えたことで知られる英国の政治哲学者アイザイア・バーリンが著書『自由論』で提唱している消極的自由が尊重されてきています。アイザイア・バーリンは『自由論』で自由を消極的自由と積極的自由に分類しています。未読の方の為にシンプルに要約すると消極的自由は私的領域の自由を意味し、積極的自由は理性に基づき社会を作る自由を意味しています。現代は、日本でも社会構造が変化してきて、良かれ悪しかれはともかく村的中間共同体はなくなりつつありますけど、世界的にも増えている学校や会社等の義務的コミュニテイや居住地に所属意識が乏しく消極的自由を尊重する人々や野宿者にはまだ都市部の方が快適なのかなあ、と思わされたりもしました。

コミュニテイに関しては、自分自身も様々な地域に住む立場の異なる方々と意見交換を重ねてきましたが、ある方から教えていただいた余計な人間関係に因るトラブルが起き難い都市部の方が、地方よりも精神疾患になり難くストレスを感じないという話を思い出しました。

園内を夜回りしていると、飲み物の自動販売機の前に年齢が解り難い容姿でしたが、六十代か七十代と思われるサンダルを履いた女性が寂しそうに立って居るのを見掛けました。夜回りの初心者にありがちな個人的意見や感情論を社会常識のように押し付けて迷惑がられたり警戒されたりしないことと、相手の話を聴くことに気を遣い、緊張しながらですけど、どうにか話し掛けることが出来ました。

その女性からは、まだ寒いので夜間になると住民達はグループで、屋根のある建物の周辺を寝床にしていることなどを聴くことが出来ました。彼女とはしばらく天気や野宿者や公園に関することを中心に話し込み、勉強させていただきました。別れ際に自動販売機の飲み物をご馳走することを申し出ましたが、精神的に自立した素敵な笑顔で断られてしまいました。今回の夜回りを通して、あらためて理解されることよりも理解することの大切さを学びました。

ちなみに掲載している公園の画像は、今回の記事の公園とは別の公園ですけど、丁度気候条件が重なっていたのと、時代錯誤まるだしなデザインの当ブログに花というか草木の画像でも添えてみたいかなあ、と思ったことからイメージとして採用するはこびとなりました。夜回りの賜物(?)。

イメージの公園は、場所がやや複雑でしたので二人組の女子小学生(近所に住んでいる自称5年生とのことでした)に道を尋ねたら案内していただけることになりました。感謝です。

彼女達とは天気やその辺りに生息していると言われる動植物についてわいわい談笑しながら歩くことになりましたが、何気なく『二人とも将来は何になりたいのかな?』って聴いてみたら、気恥ずかしいのか、ただ笑っていて答えてはくれませんでしたけど、この時の素敵な笑顔もしばらく忘れられそうにありませんね。

急速に進んでいる少子高齢化・野宿者の増加・相変わらず年間の自殺者が約3万人存在するという問題・今後も引き上げられると言われている消費税・先進諸国の中でも特異な労働観に因る労働問題等、何かと暗いニュースが多い昨今ですけど、今回紹介させていただいた方々のような笑顔があれば、日本社会も当分は大丈夫かなあ、なんて思ったりしています。

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