精神的遊牧民

北海道の海辺に輝く朝焼けのように清らかなブログ

パチンコとギャンブル依存症の話

先日、ギャマノンという家族・友人等のギャンブル依存症の問題で苦しんでいる人達の自助グループのミーティングに参加させていただきました。私自身は依存症ではありませんけど、心身の病気と向き合う上で依存症という病気を知ることは、以前から重要なことだと考えておりましたので、方面に細かい用事も重なっていたついでに勉強させていただきました(守秘義務の関係がありますので、ミーティング内容については割愛させていただきます)。

後、最近、医師で作家の帚木蓬生(ははきぎほうせい)さんが書いたギャンブル依存症を扱った『やめられない』という本を読んだことから、今回はパチンコを始めとしたギャンブル依存症に関するお話をさせてください。
 
依存症は、先進諸国では本人の意思ではどうにもならない病気として認識されており、専門的な治療や法制度が整備されています。しかし、日本ではこの病気に権力の監視装置であるべきメディア(主流だった)は、メディアコントロールされているという説もある程、本人の性格や意思の問題として扱う傾向がある為、一般的には知られていません。

その為、今回のお話は、衝撃的な内容になっていますので、読み飛ばしてくださってもかまいませんが、ギャンブル問題から回復したくて藁にも縋りたい思いの当事者の方は、各地のギャンブラーズアノニマス等のご利用を、家族・友人等がギャンブル問題で苦しんでいる方は、各地のギャマノン等のご利用をお勧めいたします。

以前お話したと思いますが、パチンコを始めとしたギャンブル依存症の恐ろしいところは、自分と他人との境界線が曖昧になって、思い込みが激しくなったり、嫉妬深くなったりして現実世界にも悪影響を及ぼすことです。

特に借金まみれになると、ギャンブル代と借金の返済費欲しさに嘘をつき、ミスをしても謝らなくなったり、他人のミスを喜んだり、ヒステリックで迷惑な人格に改造されていく傾向があります。思考と言動も短絡的で断定的になることで周囲にも依存症の人が増えていきます(私はこのような状態を“依存症的思考”と定義しています)。

数あるギャンブル依存症の中でも深刻なのはパチンコ依存症で、パチンコ店内でパチンコ依存症の人達は、興奮しながらアドレナリンやドーパミンを絶えず放出させ、発汗して気化したお互いの汗や多種類の煙草の煙や香水を大量に吸い込み、小さい穴に入る銀色の玉とサブリナル効果に酷似した技術が応用された画面を長時間凝視しています。

そのような異常な状態で、必ず勝てるとか負けることはないといった根拠の乏しい錯覚等が表れてきます。加えてパチンコ台のレバーを掴むという触覚を使うことで、この恍惚感を伴う強烈な体験は、確実に記憶され現実に影響するようになっていきます。

このような異常な反復行為を重ねた特殊な状態から形成されていくカルト宗教にも通じる依存症的思考には、社会不適応者になってしまうリスクがあります。

これは個人的な仮説ですけど、マクロな視点で考察すると、パチンコ店が普及していたアジアのモンゴロイドの国々は、儒教の影響を受けているところが多く、気質も容姿も似ていて、国民のIQが高い(科学雑誌ネイチャーが10年程前に実施した大規模な調査によれば、韓国・中国・台湾等アジアのモンゴロイドの国の国民は総じてIQが高く、一位は日本でした)ことで知られています。

にもかかわらず、日本でパチンコを始めとしたギャンブル等の依存症が多いという問題の背景には、農耕民族である日本人の場合、周囲に人が沢山居てもパチンコのような個人的なお楽しみに没頭し易いという性質があります。逆説的に考えれば、個室性のパチンコ店があれば、ひょっとするとパチンコが普及していない国々でも普及する可能性があります。

これも個人的な仮説ですけど、パチンコ屋の店内では、自分に自信がない客でも不遜な態度を取れたり、セキュアベースや民度が低い客でも店員が低姿勢で謙った接客態度を取ってくれたり、常連になると店員の女の子がちやほやしてくれたりするから(仕事で)、他者からの承認が得られ易くなり、依存症の要因になっているのではないでしょうか。

そしてパチンコの同一動作を反復させ、強烈な音や光等で五感をフルに刺激され、人格が崩壊しかねない程興奮させる仕組みによって、攻撃性が増し仮想の敵を探すようになったり、人権意識が希薄になって、職務上知り得た他人の個人情報を免職や資格のはく奪等の重い罰則がある場合でも言いふらしたり、視野が狭くなって事実とは異なることやありもしないことを本当のことのように思い込むようになるところがストーカーやカルト宗教的というか、依存症的思考の現れだと思いました。

パチンコ依存症になっている本人は、もうこんなことは止めたいと切実に願っていても、徐々に依存症の仲間と群れるようになることで、やめられなくなっていくところも依存症的思考の現れだと思いました。

これも個人的な仮説ですけど、IQと同じ知性でも個人的にIQよりも優位性があると考ているロジカルシンキングが主流になっていて、幼少の頃からキリスト教の影響を受けセキュアベースが高い欧米人の場合は、自分と他人との距離を適切にする習性がある為、日本人に比べると依存症や依存症的思考になり難いのではないでしょうか。

パチンコ問題に興味のある方は、試しにモンゴロイド以外の外国人が多い地域のパチンコ屋の外から店内の様子を窺ってみてください。稀に東南アジア人は居るかもしれませんけど、白人や黒人はまず居ないということが判ります。つまりは、そういうことです。

 

参考書籍