精神的遊牧民

北海道の海辺に輝く朝焼けのように清らかなブログ

労働観

今回は労働観のお話です。日本では“会社=家”であったり“社員=家族”のような解釈をする傾向があります。しかしながら労働とは、会社という家の為に行う奉仕活動や自己実現などではなく、労働者が本人や家族の為に労力と時間を売り、対価を得る活動のことです。

自己実現を労働の付加価値として考えることは個人の自由ですが、コンプライアンスが無視されたり提供した労力と時間の対価が支払われない場合は、労働ではないのです。

とりわけ欧州では“自分は自分、他人は他人”といった自分と他人との間にはっきりと境界線を引いて自分のことにしか興味がない人が多く、個人の権利意識が高い為コンプライアンスが重視されています。

一方、日本の場合は、会社を家として考える傾向がある為、コンプライアンスが軽視され労働法違反や権利の侵害は比較的起き易いですけど、深刻な場合でも声を上げる人は少なく、自殺率が高いことにも影響しているのではないでしょうか。

他の先進諸国で、コンプライアンスが重視されているのは、女性や外国人、障害者の社員に対する権利の侵害や差別的行為などが起きた場合、会社は訴えられ問題行為が証明されれば数億円の慰謝料を支払わなければいけなくなるといったことが多々あるからです。

自分自身や家族の心身の病気の為しばらく休職することも、他の先進諸国ではよくあることです。そういったことは、特にすべての人間は個人として尊重されるべきであるという法思想立憲主義に基づいた先進諸国では当然のこととされているのです。

山谷の朝市を見学しながら、ガチガチに集団管理された社会より、立憲主義を基調としながらもちょっといい加減で、大人とか大人みたいな人が昼間から気軽に集まってワイワイ出来る寛容な社会が理想的かなあ、なんて思ったりしていました。

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