精神的遊牧民

北海道の海辺に輝く朝焼けのように清らかなブログ

集団意識2

前回の続きです。何というか、ここのテキストを読んでいると、気付いている方もいらっしゃるかもしれませんが、私は普段行動するのは比較的一人の時が多いです。

それでこのところ何となく気になっていることがあるのですが、安易に価値観を信じ込まされてしまう傾向のある人って、仲間意識のある人が側にいる時や帰属意識のある場所にいる時、一人の相手に接する際、相手が淡々としていても高圧的だったり個人的すぎるプライバシーを詮索したり難しいことを押し付けるような傾向があるじゃないですか。でもそういった傾向がある方に限って、個人間で話し合ってみると態度が控えめになったりする。

暴力には様々な種類があるけれど、集団意識が働いている時に集中して難しい要求をすることも暴力だと思う。でも集団意識が伴う暴力って相手が個人ではなく集団だから受けた側が、そのことを意識していないと肯定的に捉えやすいっていう、奇妙な面がありますよね。

それから人格が高度に洗練され自立している人は、相手の立場を尊重しますから、人によって頻繁に態度を変えたり集団意識が働いている時に集中して難しいことを言ったりはしないものだと思います。

だからそういった理不尽な問題で悩んでいる人がいて、事情により現実で相談しにくくなっていて苛まれてしまったら、なるべく相手側や周囲に迷惑が掛からないようなかたちで話をすることで、悩みを昇華できる場所としても機能すればいい。

集団意識が働いている時、難しい要求をする傾向が極端に高いかどうか、人間を信用する際の一つの基準にしています。ラディカルで抽象的な話しになりましましたね。
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