精神的遊牧民

精神的に遊牧民化しているミニマリストのブログ.

15周年

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今回は、管理しているサイトGhettoや自殺のサイトに関する話です。

 

 

近況

今日で、管理しているサイトGhettoは15周年ですね。

ちなみに、Ghettoは一度リニューアルしていて、旧サイト名は『自殺サークル(Suiside Sircle)』でした。

しかし、近年はリンクコンテンツのいのちの通り道のほうにアクセスが集中し、そちらがメインになっていますが(笑)。

あと、しばらく精神的遊牧民の文章が荒くなっていましたが、これは出先から更新していたことが関係しています。

というのも、こうした場合、概要しか下書きしていなかったり、よく推敲できなかったりしたことがあったからです。

そこで最近、こまめに文章の推敲と校正作業をしましたが、文章量が多かったので一通り終えるのに時間が掛かりました。ちなみに最初のうちは順調に行きませんでしたが、後半は作業が捗りました。

ですから、最近の記事や人気記事も、当初イメージしていた内容に近づくことができたかと思います。

今後も、抽象的だったり不適切な可能性があったりした情報の正確な表現があった場合、加筆・修正をすることがあります。

 

時は流れて

ちなみに、20代のときの僕は自殺のサイトを利用したり、作ったりすることに夢中になっていた時間が長かったですね。

でも、いま思い出してみると、没頭しすぎて界隈では敬遠されることも多かったと思います。

なんだか、論理学の三段論法のような話になりますが、これは基本的にPCに向かい、直観によって活字を組み合わせたり、取捨選択したりしていく個人的な作業が中心だったからです。

あと、こうしたことには現実よりもネットの世界は、文化拘束性が低いということも関係しています。

そういえば、Ghettoを作ったときは、僕の住んでいる地方では冬の気配を感じたり、降雪をイメージしたりする時季でもあったので、春が待ち遠しいと思っていましたね。

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ちなみに、その頃は大学を休学しながらさまざまな経験をし、とくに資格は持っていなかったのですが、趣味でエンジニアやプログラマーの真似事やサーバーの管理をやることもありました。

こうした経験やサブカルチャーに関心があったことは、サイトを作成する際に役立ちました。

当時の僕は、国家や社会への所属意識が薄く、大学をしばらく休学していました。

その間、さまざまな業種の契約社員として労働し、余暇はカルドセプト女神転生などのマニア向けのゲームをプレイしたり、岡崎京子さんや山本英夫さんの漫画を読んだり、ドアーズやピンクフロイドを聴いたり、口笛を吹きながら海辺を散歩したりしていました。 

当時の僕は、国家や社会への所属意識が薄く、大学をしばらく休学していました。

その間、さまざまなパート社員として労働し、余暇はカルドセプト女神転生などのマニア向けのゲームをプレイしたり、岡崎京子さんや山本英夫さんの漫画を読んだり、ドアーズやピンクフロイドを聴いたり、口笛を吹きながら海辺を散歩したりしていました。

とはいえ、病気を抱えていましたので、仕事のほうは短時間や短期間の軽作業の場合もあり、途中で休職に近い休みを挟むこともありました。

時間と言葉 - 精神的遊牧民

それにしても、意識していないと時の流れるのはあっという間ですね。

いつのまにか、長い時が流れました。

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歳月は慈悲を生ず

ところで、僕は過去に自殺未遂をした経験があります。

とはいえ、こうしたことは致死性の高い方法ではなく、一時的で軽度の自傷行為に近いものでした。

したがって、僕の自殺願望は重度というほどではなく、最近は緩やかになっている気がします。

ちなみに、自殺願望についてはしばらく誰とも話す機会はなかったのですが、以前は勢いでつい極端なことを口走ったこともありました(笑)。

しかし、昔のことをこうして文章にしてみるというのは、客観的に過去の自分を見つめることができるという意味で良いことだと思います。

だから、自殺のサイトを利用し、掲示板やチャットで自分の抱えている問題を発露していたことにも意味があったのだと思います。

それから、僕は頻繁に自殺のサイトを利用したり作ったりしているとき、物理的には永遠が存在しないことを理解していました。

しかし、そうした愚かで尊く、前章でも述べたようにある意味では個人的とさえ言える時間が、いつまでも続くことを僕は誰よりも願っていました。

一途な気持ちでです。

ちなみに、『歳月は慈悲を生ず』という亀井勝一郎さんの名言がありますが、最近は時の流れとともに過去を慈しんだり、寛容に解釈したりしている気がしますね。


...さて、これからどうしよう。

スーパーに寄って、アサヒやキリンのビールとベリーケーキでも買ってささやかなお祝いでもしようかな。

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参考サイト

Ghetto

いのちの通り道

 

参考記事

ydet.hatenablog.com

ydet.hatenablog.com