精神的遊牧民

北海道の海辺に輝く朝焼けのように清らかなブログ

14周年

管理しているサイトGhettoは今日で14周年です。

最近は、リンクコンテンツのいのちの駅のほうにアクセスが集中してきましたが、そちらで扱っている内容も関係し、本ブログではネガティブな内容が中心になることもあります。

しかし、30年以上生きてみて思うことは、世の中には完全な悪人というのはほとんどいないということです。

ときどき、個人に対して一方的に不条理なことを言ってくるひとはいるけど、アートの観点から考えて人間性の低いひとが救われることはありませんし、そのようなひとが抱えている問題の本質が変わることもありません。これは以前あるひとから教わったことです。

そもそも、頻繁にキレたり、どうにでも解釈できることを非難するひとの場合は、細かいことに問題視するくらい臆病ですが、その反面まじめすぎます。

しかし、特に日本のような高信頼社会の風土に入ると、多少教養があって寛容で腰の低いひとのほうが長期的に考えると得をするようになっています。

それにしても、14年はあっという間だなあ。

今、僕がこう感じているのは、現実とネットの世界では情報の様式が異なることが関係(ネットの世界は情報が圧縮されている)し、時の流れが二分化されているからでしょう。

しかし、ひとによってその割合は異なるものの、二つの時間の中を生きるということは、けっこう幸せなことでもあると僕は思っています。

なぜかというと、多少忙しくともシンプルに自分が幸福を感じる時間のほうの割合を増やせすことで、人生の幸福度も上げることができるからです。

今、こうしてデバイスのディスプレイに向かって文書を書いている間も、Ghetto(旧自殺サークル)を作ったときと変わらず穏やかな時間が流れています。

といっても、現在の僕はどちらかというとネットに接続している時間は長いほうではありませんが、二進法で伝達されるシグナルにけっこう救われてきました。

それから、最近YouTube堀江貴文さんとスティーブ・ジョブズの『伝説のスピーチ』を視聴しましたが、感動しました。

有名なので、もう見たひともいると思うけど、気が向いたひとは視聴してみてね。


参考YouTube
www.youtube.com
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ちなみに、今は出先です。どうにでも解釈できる言い方になりましたけど、戻ったらワインを開けようかな。

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By ゆでたまごたまごん(夕焼けの美しいある町から言葉を寄せて)


参考サイト
www.cotodama.org

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きりひと讃歌

きりひと讃歌』とは

今回は、最近読んでいた手塚治虫の漫画『きりひと讃歌』の紹介です。

本作の舞台になった病院のモデルは、『白い巨塔』のモデルにもなった大阪大学医学部で、こちらは手塚治虫の母校でもあります。一応、医療漫画なので本作でも日本医師会の奇妙な仕組みについて多少学習することができます。

主人公は、モンモウ病という骨格の変形する奇病の原因を調べていた内科医の小山内桐人です。感受性が豊かで、多くの言葉を知っている小山内が、多少問題のある行動を取りながらも葛藤や苦悩を乗り越える姿が印象的でした。

彼は、大学の医学部でモンモウ病の患者を担当していましたが、この病気が川の水や土によるものだという説を唱えていて、ある日、モンモウ病が多発していた犬神沢村へ調査へ行くことになります。

しかし、小山内を陥れる計略が進められていることを犬神沢村へ調査へ行く前の彼が知る由もない。
 
犬神沢村では、昭和の途中まで存在していたと考えられる外部の情報が届き難い村社会のシステムが見受けられます。


村の中では、村長の男が小山内に御馳走を供すと告げますが、そのご馳走とは人間関係が濃厚な共同体のイニシエーションの隠喩で、実際に供されたのはたづという村娘でした。

最初は戸惑う小山内でしたが、次第にたづと深い関係になっていきます。しかし、彼女は狼藉者に殺められてしまい、小山内自身も本人にはいっさい知らされずに法外な方法で医局を除籍され、現代であっても世間の注目を浴び騒ぎになりそうな事件が頻発します。


本作の位置付けと読み方

本作は、『アドルフに告ぐ』や『奇子』や『MW(ムウ)』と並ぶ大人向けの手塚作品に分類できます。こういう作品は子供のときにさっと目を通したことがあっても、日常的に読書するようになったり、一般常識が理解できる大人になってから読むと面白さが分かります。

作中では、モンモウ病を罹患した白人の修道尼ヘレンの祈りの描写などを中心に、キリスト教の影響を受けていると推察できる場面が多く見受けられます。

しかし、そのヘレンも非力な女性に対し、時折異常な感情を示す情緒不安定な小山内の同僚だった占部に襲われてしまいます。

ちなみに、竜ヶ浦や占部は他のひとの基本的な権利を侵害し、この職業の人間にあるまじきことをしています。一般のひとは知らないひとが多いけれど、彼らは厚労省医道審議会からも問題視されかねないことをしています。

小山内は、数奇な運命に翻弄されながらも困難を乗り越えていき、自説の証拠を掴み、徐々に真実に光があてられていくことになります。

間違った人間の葛藤や苦悩もリアルに描写されていることも印象的でした。複数の視点から分析したり、突き詰めて考えてみると、彼らのことをただの悪意の持ち主と雑に決め付けることは難しいとも思いました。

筆者は、子供の頃に『BLACKJACK』や『リボンの騎士』や『火の鳥』などの作品を読んでいましたが、本作の読後は改めて手塚治虫の漫画から教わった人生訓や処世術というものは、概ね正しいとも思いました。

手塚作品は、本作からコマ割が細やかになり、登場人物の心理描写が繊細になっていきます。おそらく当時の手塚治虫が低迷期だったことで、登場人物の心理描写に深みが与えられ、細部に美意識が宿ったのではないでしょうか。


参考作品
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ラッキーな手相

こちらの手相の情報は、最近ネットで知りました。

僕は、自分ではどちらかといえば運がいいほうだと思っているのだけど、その秘訣は手相も関係しているのかもしれない。

といっても、けっこうそそっかしいです。

最近も、どこかに通話用に持っていた携帯電話を忘れてしまいました。

そして、その携帯電話の料金をうっかり払ていなかったので、メールアドレスのほうが無効になった可能性があり、再取得しようとしている状態です。

さて、話を戻します。

僕の掌には、『M』の文字が刻まれています。

これは、逆から見ると『W』にも見えますね。


参考サイト
www.excite.co.jp


参考YouTube
www.youtube.com

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スノーデン事件

今回も最近の記事に関連する内容です。

スノーデン事件とは、2013年6月に米国の情報機関NSAの元職員(エドワード・スノーデン)が、香港で英紙『ガーディアン』などの複数のメディアに対し、勤務していたNSAが行っている個人情報の収集方法などを告発したことです。

彼の告発後、米国政府の要人たちは、メディアに向けて『これは大した不祥事ではない』といった意味のことを不自然なほどアピールしていましたが、スノーデンは知りすぎた人間です。彼の場合は、民間企業の社員を装いながら情報機関員としての業務に従事したり、日本の横田空軍基地にも2年間勤務していたこともあったそうです。

しかも、彼は20代後半で日本円で約2000万円という高額な年収を得ていて、政府機関の管理職級の扱いを受けていたと言われていますが、正義感から内部告発に踏み切り、世界を震撼させるニュースになりました。

かつて、国家間の戦場や諜報活動のメインステージは陸でしたが、現代は境界線の曖昧なサイバースペースへと移行しました。

これはデジタルデバイスに置き換えて考えてみると、CPUの性能は悪くなくてもOSのほうが現代に対応し難いシステムやひとを増やしたことにもなり、特にそのひとたちにはショックで内心は穏やかではなかったと思います。

しかし、スノーデンは告発を行った同年8月から現在までの間、ロシアの移民局に期限付きの滞在を許可されています。彼が長らく検挙されないことには、思想的価値観がギークであるということも関係しているのでしょう。

おそらく、能力が同等のスーツとギークがいた場合、後者のほうが型破りで発想が豊かなのでできることが多いと思います。


参考サイト
www.huffingtonpost.jp


実際、スノーデンは密かに持ち出した米国政府にとって不都合な機密資料を含むデータのコピーを各所に分割しながら提供していて、自分に危害が及びことになれば自動的にその内容が白日の下にさらされることになるだろうと述べています。

米国政府は、彼によってセットされたその“時限装置”のことを懸念しているのでしょうが、そのように最悪の事態を想定し、物事を悲観論で分析することは組織のリスクマネジメントの観点から合理的だと思います。

しかし、政府や情報機関に所属したひとの場合は、報酬や補償などがきちんと支払われ、法外な責任でも負わされなければ、業界に配慮するべきです。

末筆ですが、以前映画館で観た『スノーデン』のDVD版と知人に薦められてさっと読んだ『スノーデン 日本への警告』と『暴露:スノーデンが私に託したファイル』をリンクしておきます。本記事にも参考にさせていただきましたが、興味のあるひとはどうぞ。


参考書籍
www.amazon.co.jp

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参考DVD
www.amazon.co.jp

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反省文と助言

最近の記事で、抱えられている問題などを文章にすることを推奨していました。

しかし、注意が必要な場合もありますので、少しその補足的な内容になります。

もし、あなたがグレー企業やブラック企業やダーク企業に勤務していて、上司から反省文を書くことを促された場合は、拒否するか具体的に書かないように注意してください。

コンプライアンス意識や危機管理意識のあるまともな会社なら、自分の意見を試しに言ったくらいで非難されたり、反省させられることはまずありません。

社風によっては、些細な発言を一時的に問題視されることはありますが、日本のように高信頼社会の会社ではそういったことは就業規則に書いてあり、きちんと社員に通知してあります。

また、現代の日本の会社では上司が部下に対し、感情論などから立場を利用して強引なハラスメントに及んだり、基本的な権利を侵害したりすれば、場合によっては後から強烈な突き上げをくらったりして怖いことになります。

しかし、反省文を提出することを求められた場合は、その内容によっては自発的にミスを認めたりする意思があるとみなされる可能性が生じる為、注意が必要です。

僕自身は、成人してからそうした文章の提出を求められたことは一度もないと断言できますが、先述した場合や人権が侵害されていると感じた場合は、冷静になって『任意か強要か』ということを確認するべきです。

ちなみに、『任意か強要か』といった応え方。これ、マジックワードです。

頻繁に使うとトラブルの要因になりますが、強引に迷惑なことを押し付けられたり、基本的な権利が侵害されたら声を挙げるのは当然のことです。

ポイントは、コンセンサスが成立していない状況で『強制』ではなく『強要』という言葉をさりげなく使うことです。この場合、相手が余程鈍感でなければ強引な行動に及ぶことはありません。

しかし、万が一、相手が共謀してハラスメントに及ぶなど基本的な権利を侵害してくれば、後から付け入る隙が生まれ、そのことを遠回しにでも指摘すれば極めて有利な展開になります。

僕は、こういうことをはっきりと入れ知恵や助言されたことはありませんが、相手の返答が曖昧な場合、また意思に反して不祥事に加担させられてお困りの場合も、良い処世術があります。

もっとも、後者の場合は本意にそぐわないことを促された時点で、もっともらしいことを標榜されいても、他のところではそういうことをしているだろうか、と客観的に考えてみると視野が広がり、トラブルに巻き込まれ難くなります。

シビアな話ですけど、会社組織というものは古今東西を問わず、社内から同時期に同件に関する意見があった場合、また事件化しない程度の不祥事と考えられることがあった場合は、基本的に上司のほうを優遇したり、部下に理不尽な責任を押し付ける傾向があります。

ですから、こちらで説明した事例の際に迷惑な思いをしたり、トラブルに巻き込まれたくなければ、多少行動が遅れたとしても上司が主張していないと考えられることを主軸にした内容を上司の上司や本社側に通知し、想定外の角度から解決を促すと同時に自己の責任の減免を図ることが良策になるのではないでしょうか。


参考YouTube
www.youtube.com
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